ジェントルマンズジャーナル

海外のホテルで仕事することになったのでアレ食ったとかコレ食ったとか書くためのブログです。

ラグビーとサービス業の共通点

日本のサービス業の生産性の悪さはこのままでは日本全体の足を引っ張ってしまうため社会問題にもなってきている。

私も初めてサービス業の現場に来たときは生産性どころか、製造業では当たり前の効率よく仕事をするとかどんな人がやっても間違いをなくし、同じ価値を生み出せるための工夫とか改善とか無駄を省くとかいう概念がないことにとても驚いた。

日本人は世界の荒波に揉まれながら製造業の分野ではトヨタ生産方式のようなものをはじめとして、普通の中小零細企業でも必死こいて無駄を省く努力をしてきてトップクラスの生産性を持ってきた(と思う)。

しかしホワイトカラーやサービス業の世界では生産性という概念自体が存在しないとどっかの本に書いてありましたが、アメリカと比べるとホワイトカラーでアメリカの70%、サービス業で37%くらいだといいます。アメリカ人が1日1万円を稼いでいる間に日本人は7000円または3700円しか稼げていないというわけです。

ホワイトカラーの世界ではアメリカ人が定時に帰っているところを日本人は3~4時間くらいのサービス残業をしてようやく帳尻が合う計算です。あのバカっぽいアメリカ人にすら負けているなんて悔しいところです。

これも原因の多くは工場とかで当たり前な改善とか生産性の概念が事務所では欠如していることが大きいといわれています。今後、日本の産業の構造は大きく変わり、製造業が少なくなり、労働人口の7割がサービス業につくといわれています。

そうすると今のままでは国全体がブラックになり壊滅的な状態になってしまうのでどうやったら改善できるかという政治家の会議とかも開かれているようです。

 そういうことが気になっているときに本屋入ったらこんなのあったので買っちゃいましたよ。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

 

 

ま、こういうのは効率とか生産性だけの問題だけではなく、「お客は神様だ」という人が日本人にはとても多く、そういう人に対処するためにサービス側が余計なサービスを追加追加でやっていたりしますし、そういった「サービス料」という概念もチップのある国では有料で荷物運んだりドアを開いたりしてもらっているのに、日本では「サービス料込」とか表記されているものの、実際にはもらっていないし労働者にも分配されていなくて収入が低いという現実もあります。

今後日本が成熟した国になるためには、昔日本といえば外国人観光逆がゲェ~というくらい観光地でもトイレが汚かったのがいまは世界に自慢できるトイレになっているように、人間そのものがモンスター化しないで大人のコミュニケーションができるように成熟していく必要があります。

そういうことを考えていたら、実際に大変そうなサービス業の現場の話を聞きました。ちょっと器用に立ち回れる人たちがボス猿化してお互いを非難しあい、自分たちよりも器用に立ち回れない人たちをバカにして攻撃して萎縮させてしまう現場です。全然特別な話ではなく、どこでもあるような話です。

が、アメリカのホテルで働いてきた人の本によるとアメリカはいいのか悪いのかわからないけど法律が身近にあってすぐに訴えたり訴えられたりするところなので、そんなことをしてはすぐに訴えられて身ぐるみはがされて一文無しになったり、ムショでブタメシを食う羽目になります。モンスター客があまりいないのも、ヨーロッパとか中国とかだとお金を払う人ともらう人の立場が対等という概念があるだけでなく、そういう法律が身近に感じられるところも一因あるそうです。

ラグビーとサービス業の関係ですが、日本が世界で強いスポーツというのは柔道やレスリングの個人技が中心で、WBCを何度も勝っている野球とかも個人技の集合体のようなスポーツです。

対してサッカーやラグビーはたまに世界レベルの選手が出てくるものの、まだまだワールドカップで優勝を争えるような実力はありません。

これは亡くなった平尾誠司さんがよく言っていましたが、野球とかでは監督が細かいところまでサインを出して、選手はそれに従うことが多い一方、ラグビーの監督は客席に上がってしまうので指示が出せず、あとは選手たちが変化する状況の中瞬間瞬間で自分たちで考えて組織全体がひとつの脳を持った生き物のように動く必要があります。

そういうスポーツで弱いのは言われた通りに行動する教育ではないことが大きな原因でそういうのは大人になってから身につくものではないので日本自体の教育が考えるための教育にならなければならないと平尾さんは繰り返し指摘していました。私もアメリカの大学に入ったときは授業が授業ではなくて、「あなたはどう思うか」という問いや反対意見の人たちとの対話を通してこれから社会をどうしていくかみたいなことを先生がファシリテーターになってしゃべっているだけの授業でたまげたし、英語ができない私は毎日恐ろしかったです。

さらにアメリカの大学では悪いことに、個人でのテストの点数とかではあまり評価されず、宿題とかプロジェクトとかは大体が4人~6人くらいのグループで取り組んで、どれだけ力を合わせて良いものを作り出せたかとか、チームの中でどう自分の価値を発揮したかで評価されていました。それも得意不得意などの個性だけでなく、いろんな人種や主義主張を持った人たちの力を合わせることをトレーニングされます。

日本では子供のころから「個人」としてしか評価をされる機会がなく、「チーム」で動くというのは文化祭とか部活のようなプラスアルファのところだけで、成績の評価とは全く無縁です。そういうところは子供のころから年がら年じゅう「チーム」として動いているアメリカ人とかそういう教育の国にはスポーツでもかなうはずがありません。

そういうことを考えると日本の産業だった製造業は野球型のように親方の指示通り黙って従うような感じだったし、開発の方でも最近はスマート家電とかアラサー洗濯機のようなひとりよがりなバカな製品を作ったりしているのはバカな親方がバカなこと考えて、周りの人がそれはバカだと指摘できず従うだけで「チームで協力して作る」という要素がないことが露呈してきたのかもしれません。

今後労働人口の7割が占めるサービス業はラグビーのようなゴール型のスポーツのようなもので、いろんなポジションがあり、いろんな得意不得意のある人たちが集まって構成されてラグビーも試合中ずっとしゃべって周りとコミュニケーションとりながら試合しているように周りとコミュニケーションとって1日に3700点で負けるのではなく、10000点取ることを目指さなくてはなりません。

この間聞いた現場はボス猿が何人かいて足を引っ張り合い、他の人たちはみんな萎縮して気になることがあっても聞けないというラグビーで言ったら攻撃は連携がとれずにつながらずにミスだらけで、ディフェンスも連携がとれず穴だらけで300対0で負けているような壊滅的なチームでした。

こういうのはひとりでも「おれは仕事ができるぞ。お前らみんなバカだ」という人がでて周りが萎縮した場合、そのほかの人の生産性が犠牲になり、全体としての生産性及び稼げる金も少なくなります。この場合、いくら手先の器用な仕事ができたとしても、全体で稼げる金を減らしているので犯罪的な行為ですが、個人で評価されることの多い日本では評価されたりします。

私はこれから別の文化の中でチームを作っていく立場にあるので、こういうところはものすごく気をつかって考えていかなければならないと思いました。評価基準を直線的なものにせず、ラグビーのように様々な要素が含まれる立体的なものにしてその文化に適したチームビルディングを行う一方、まず採用の段階から「能力がある人」ではなくて、「いい人」もしくは本当は腹の中が腐っているけど、いい人のフリをしたほうが得だとわりきった「いい人戦略」ととれる人を選んでいかなければなりません。孔子の教えも礼儀正しくいい人のように振る舞ったほうがお前の人格はさておいて世の中で評価されて得だぞといういい人戦略のようです。

超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略

超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略

 

 「Googlefacebookの採用基準、実は「いいひと」です!」

だそうです。著者の岡田さんがfacebookとかに人材を売り込んでいるエージェントにどんな人材を求めているのかとすごく優秀な人とかはは外注でいくらでもやってもらえるのでいらなくて、「good natured person(いい人)」だったそうです。

今後日本はチームプレー型のサービス業で生きていかなければならないので、生産性を追求しない人やボス猿になってしまう人とかお客様は神様だぞ的な人は会社や国を壊滅させる「会社のガン」及び「非国民」だということが日本のサービス業の生産性の低さという社会的な問題の追求でだんだん明らかになっていくので、腹の中腐っていて犬にだって吠えられたりしても「いい人」のフリをして得をするようにしていきましょう。